2017年11月11日土曜日

馬の寄生虫


最近痩せてきたという馬を見させてもらった。食欲はあるし、排便もまずまずで斜歯や齲歯もないようである。駆虫も定期的にしている。

が、念のためと思いうんこを採材した。馬の寄生虫卵は牛の原虫オーシスト検査と同じショ糖遠心浮遊法で検出することができる。

で、出てきたのが上の写真の虫卵。丸くて茶色い回虫卵と、楕円でいかにも細胞が入ってますと感じさせる円虫卵である。
定期的に使っている駆虫薬ではぜんぜん虫が出てこないので、今回は名前にゴールドが付く値段も高い駆虫薬を使いましょうと言って翌日うんこを見ると中に寄生虫発見!
めでたしめでたし

これが円虫。血を吸って赤い場合もある。
回虫はうどんみたいなやつ。

と、ことはそう簡単ではない。
問題は3つある。ひとつの駆虫に3つの問題があるぞ
①耐性なのか?
②病因なのか?
③駆虫プログラムを変えるべきか?

①駆虫薬に対する円虫や回虫の耐性については確かに報告されている[1]が、だからと言ってすぐに「耐性ができた」と騒ぐのは科学的でない。まず、「ゴールド」が付こうと付かなかろうとこの馬に与えている薬の有効成分はノーベル賞でおなじみのイベルメクチンである。ゴールドにはプラジクァンテルという薬も入っているがこれは"条虫(サナダ虫の仲間)"と"吸虫(肝蛭の仲間で馬にはほぼいない)"に有効な薬で、"線虫"に分類される円虫・回虫・糸状虫には効果がない。そして、耐性のように見える場合でも、ちゃんと飲み込まず吐き出していたや、投与量の不足、薬の保存状態が悪かった、薬が効きにくい幼虫期だった、前回の投与の後に感染した等いろいろな可能性がある。

②うんこに出てきたからと言って円虫・回虫が病因とは限らない。少なくとも寄生虫に限って考えても、虫卵検出率の低い条虫や、蚊が媒介するためうんこに虫卵が出ない糸状虫(指状糸状虫の脳脊髄炎、犬糸状虫の心臓寄生)、昆虫であるウマバエ幼虫等の可能性がある。そもそも円虫に関しては虫卵検査では病原性の高い大円虫(普通円虫・無歯円虫)なのか、腸管の中だけで生活する小型腸円虫なのか判別できない。現役競走馬での報告によれば、91.9%が円虫卵陽性であったが、剖検された馬の大円虫の寄生率は31.8%であった[2]とのことなので、円虫卵陽性でもその多くは病原性の低い小型腸円虫感染であると考えられる。また、イベルメクチンは血管中の大円虫の幼虫には効果が高く、腸の結節中の小型腸円虫には無効である[3]ため駆虫するほどその傾向が出るだろう。回虫に関しては大量寄生時の仔馬の腸閉塞が主な被害で、成馬ではそれほど問題にされていない。

③寄生虫の多かった昔は盲目的なプログラム駆虫が効果を上げていたが、現在はどの牧場にも推奨できるプログラムというものはない。牧場によって汚染率も耐性率も違うからだ。一応、最低限の駆虫プログラムがJRAの冊子[4]に載っているが、今後は虫卵の全頭検査や死亡馬の剖検結果をもとに地域ごと、牧場ごと、馬ごとに駆虫計画を立てることになるだろう。まだ経験が浅いので何とも言えないが、自分の周りでは虫卵・剖検ともに条虫は見たことがないけれども、剖検で大円虫やウマバエ幼虫の寄生は見ている。また、確定診断されたことがあるかわからないが、昔から腰フラや斜頸が散見され糸状虫によるものだと言われているようだ。
以上を踏まえると、回虫対策で仔馬には今までは使っていないフルベンダゾールを(ピランテルは腸閉塞を起こしやすい?)、駆虫が足りていない農家には糞便検査を奨めて虫卵が検出された馬に駆虫を、糸状虫対策に蚊の増える時期にはこまめに(潜伏期は16~66日で脳脊髄に入ってしまうとイベルメクチンが届かない可能性があるので逆算すると・・・)、耐性対策に薬剤をローテーションさせる、というのを改善策として考えている。

いずれにしても、虫卵検査を普及させつつ、虫卵検査の結果に踊らされず馬の年齢や地域の傾向から問題の本質を解決できる駆虫計画を立てるというバランス感覚の必要な仕事になる。頑張って対策を立てても、何もしていないところよりも被害が出てむなしい気持ちになることもある。

参考文献
[1] REINEMEYER, Craig R.; 前尚見. 文献紹介 薬剤耐性馬回虫の診断およびコントロール. 馬の科学= Equine science, 2013, 50.1: 65-69.
[2] 戸口昌俊; 茅根士郎. 現役競走馬の糞便内寄生虫卵検査成績.日本獣医師会雑誌, 2005, 58.4: 247-249.
[3] Nielsen MK, Reinemeyer CR, Sellon DC : Equine infectious diseases, Nematodes, Sellon DC, Long M, et al eds, 2nd ed, 475-489, Elsevier Health Sciences (2013)




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