そんな私に母は、
それじゃあ歯こすりでしょ、言葉通り磨くように歯ブラシを使わないといけないよ
とよく注意した。
なるほどその通りだといたく感心したが、結局いくつかの虫歯を作ったために今も大嫌いな歯医者に通院している。
馬は歯磨きはしないし、磨かなくても虫歯になることはほとんどないようだが、磨くの上を行く「歯削り(歯スリ)」をする。
というのも、馬の永久歯は次から次へと伸びてくる特徴がある。それでも通常ならば、草をすり潰すときに一緒に歯も削れていくので問題は起きない。
しかし、栄養価の高い穀物を多く食べる競走馬や年を取った繁殖牝馬、歯の抜け変わり最中の若馬はうまく削れずに不自然な歯並びになってしまうことがある。
そのために尖った部分を歯のヤスリ(歯鑢)で整える「鑢整」が必要になる。
上の外側を既に削ってあるが、矢印が口内炎
馬の歯には他にも特筆すべき特徴がある。
まず、臼歯は上の歯列よりも下の歯列のほうが少しだけ内側にあり、草をすり潰す面は「ハ」の字になっているのだが、鋭角の部分(下図)がだんだん尖ってくる(斜歯・エナメルポイント)。
また、上の歯列よりも下の歯列が奥にずれていて、年を取った馬は上の歯列の手前(口側)と下の歯列の奥(喉側)がどうしても尖ってしまう(フック)。
それにしても、口内炎というのはどうしてこうも痛いのだろうか。鏡で見ると小さな白っぽい潰瘍がちょこんとあるだけで、それほど痛そうには見えないが、これがあるだけで食事はおいしくなくなり、今日も一日頑張ったけれど何もいいことがなかったと傘を忘れた日に限って降った雨の中路上でぺちゃんこに踏まれた空き缶を眺める信号待ちの午後3時55分という気分になると言っても過言ではない。
歯の尖った部分が当たることで口内炎ができるとなると、もうチョ〇ラBBも効かない。
馬だって一日中どんより曇った気分になるに違いない。
獣医に頼んで削るしかない。
ちなみに、海外には馬の歯医者の専門学校があり馬の歯科技工士も多くいるそうだが、日本には馬の歯を専門にしている人はごく少数しかいない。その上獣医ならだれでもできるかというとそんなことはない。むしろ、むし歯(齲歯:血行性にできることもある)や歯周病(歯槽骨膜炎)の時の抜歯などの「歯の治療」は本当に奥が深く、並の人間は手を出さない方がいい。
それでも「歯のメンテナンス」なら機会があればぜひチャレンジしてほしい。
歯鑢と開口器があれば準備は完璧。なくても歯槽間縁から手を口の中に入れ舌を握ることで口を開けることができるし、素手で口の中に手を入れて手が切れるんじゃないかというほど痛い部分があればそれが斜歯・エナメルポイント。
手で触ってイタイ。いわんや頬や舌をや。
手で触ってイタイ。いわんや頬や舌をや。
歯スリに使うヤスリ「歯鑢」
使う場所や使い手の好みによっていろいろな形がある
メンテナンス方法は一言でいうと、「正しいかみ合わせを作る」。
上述の過剰に伸びた部分を削り、上外側と下内側は逆ハの字45°に、かみ合わせ部分をハの字10°~15°に鑢整。削りすぎは歯髄の露出や咀嚼面の平坦化、唾液の通り道の消失、歯の寿命を早めるなど様々なデメリットがあるので、階状歯や波状歯でも一度に無理をせず、数か月間隔で何度か行って直した方がいいように思う。
また、当然のことながら若馬の歯のメンテナンスをする場合は、歯の抜け変わりの知識が必要。しかし、これがなかなか難しい。
概ねはBTCニュース62号「馬の歯のハナシ」に載っている時期に生え変わるのだが、個体差は大きいし、最初のうちは見てもどれが乳歯だか永久歯だかわからないし、どこまでが前臼歯でどこからが後臼歯かわからないと思う。これは経験を積むしかない。
覚え方としては ※( )は乳歯
出生 切歯(1) 前臼歯(3)
1年 切歯(3) 前臼歯(3) 後臼歯1?
2年 切歯(3) 前臼歯(3) 後臼歯2?
3年 切歯1(2)前臼歯2?(1)後臼歯2
4年 切歯2(1)前臼歯3? 後臼歯3
切歯は2年半から1年ごとに1本ずつ生え変わり。前臼歯は2年半から半年ごとに1本ずつ生え変わり。一番奥の歯は3年半くらいで生えてくる。
同じ馬齢でも1月生まれと7月生まれでは半年違う。
参考文献
Equine dentistry (J Easley, GJ Baker 1999)
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