2019年1月18日金曜日

馬の排卵同期化と発情誘起

馬の繁殖シリーズ第1章は今回でひとまず完結
過去の投稿は
①馬の性周期におけるホルモン支配
②馬の交配適期・授精適期とその予測
③馬の採精と精液処理
④馬の精液注入(人工授精 artificial insemination)
⑤馬の凍結精液

2017年フランスからの馬凍結精液の輸入解禁、そして2018年日本で25年(?)ぶりとなる馬受精卵移植の成功、と日本の馬生産は今ターニングポイントに差し掛かっている。

日本は馬精液の凍結法の確立や、受精卵移植による馬の生産を世界で初めて成功させた。しかしその後、モータリゼーション到来に伴い農用馬が減少。自然交配しか認められていないサラブレッドの生産に偏っていった結果、馬の生殖補助医療技術は失われてしまった。

排卵同期化法も同様で、近年の日本での臨床報告は軽種馬のhCGによる排卵コントロール(宮越ら 2014)、重種馬におけるブセレリンの排卵効果(三木ら 2017)、重種馬のPGF2αによる性周期同期化(三宅ら 1976)、重種馬のE2,CIDR,PG,によるプログラム交配(安田ら  2008)程度しか見当たらない。

海外では1981年にLoyらが同期化法のベースを確立させて以降、凍結精液の定時人工授精法や移植レシピエントの排卵同期化処置として様々に発展し、普及している。

国内でも報告は見つけられなかったが、海外に倣ってプロジェステロンの経口薬(日本で動物用薬は市販されていない)を使った発情誘起・発情同期化がけっこう行われているようだ。しかし、どこまでの精度で排卵同期化できるのかはわからない。

そこで必要なのが2019年家畜診療掲載の家畜診療等技術・東北地区発表会抄録「CIDR,PGF2aおよびhCGを併用した馬の排卵同期化(庄野ら 2018)」のような臨床報告となる。

CIDR(シダー1900)を9 or 10日間膣内留置し、抜去時にPGF2a(プロナルゴン1ml)を筋注。その4日後にhCG(ゴナトロピン3000IU)を静注するという方法で、定時排卵率が77.8%という成績を得ている。
この場合の定時排卵率というのは、hCG投与時から96時間以内に黄体が確認された割合ということで、排卵48時間前から排卵24時間後とされる授精適期や、レシピエントの排卵日はドナーの排卵日の前日から2日後まで許容されるという受精卵移植の排卵同期化を意識したモノになっている。
やや精度が低い感は否めないが、さらにE2を併用するなどして今後改良されていけばと思う。
馬にCIDRを入れるときは青い紐を外した方が膣炎防止になりそう
紐がなくても膣鏡があれば抜ける

さらにこの方法は無発情馬や繁殖移行期にも使えそうだ。
海外も含めたこれまでの報告によると、鈍性発情や黄体遺残であればPGだけでも治療効果が期待できるし、CIDRもしくはCIDR+E2を使うことで卵巣静止でも発情誘起が期待できる。
この方法であれば牛で一般的に使用されている薬品しか使用しないので、馬獣医がいない地域の馬にも処置することができるし、さらに改良されればもう直検やエコー検査を行わずにプログラム交配ができるようになるかもしれない。

ちなみに牛の獣医からはよく「馬のPG(ジノプロスト)はなんで牛の5分の1の量でいいの?」とよく聞かれるが、実はこれ簡単な話ではない。
まずPGは普通、"全身循環するホルモン"とは異なり、子宮で産生されたものが卵巣静脈から卵巣動脈に直接移行する「対交流機構」によって卵巣に到達する。しかし、ウマとウサギは卵巣静脈と卵巣動脈が物理的に分離しておりこの機構が存在しない[1]。
その一方でウマはPG自体がPGの産生を増幅させるという自己分泌増幅機構を持つことが2016年に解明された[2]。
これによって子宮で産生されたPGが直接卵巣に届かなくても黄体退行が起こるし、注射量が少なくても黄体退行が起こる。PGを打つと馬が全身から発汗し疝痛のような様子を示すのもおそらくここからきていると思われる。


2019年1月17日木曜日

早池峰山ドライブ

2018年5月
霊峰として名高い早池峰山(1914m)だが、意外なことに車で小田越登山口1240mまで行くことができる。
というのも、内陸の紫波町から沿岸の宮古市まで早池峰山と薬師岳の間を県道25号が走る。

今回は大迫ワインシャトーからスタートして県道43号盛岡大迫東和線を北上し、道の駅はやちねから県道25号紫波江繋線に入る。

名物のワイン(右)と鹿踊り(丘の上)のモニュメント 

ちょっと味気ない「後味さっぱり」が売りのソフトクリーム

 "入る"などとあっさり書いたが、実はこのドライブそう簡単なものではない。
道の険しさもさることながら11月から5月にかけて冬季通行止めなうえに、6月から8月の土日祝日は自然保護のためのマイカー規制がかかっていて、早池峰と薬師岳の間をドライブするチャンスは1年のうちごく限られた期間しかない。

しかも、道の駅はやちねから分岐した先の盛岡に向かう長野峠はもう長いこと崩落通行止め、仮に開通しても紫波に向かう折壁峠とともに冬季通行止めという秘境だ。
登山シーズンには多くの人が訪れるようだが、登山客はマイカー規制時は麓からバスで、規制解除時は登山口から少し離れたキャンプ場に駐車していく。

はやちね左折の看板

奥にダムが見える

最初は国道との重複区間や旧道・新道が入り混じっていてわちゃわちゃしており、あまり楽しいドライブではないが、ダムが近づくにつれて気持ち良く走れる。
ダム湖からくっきり見える山に向かって「あそこまで行くぜ」と気合を入れるも案内板を見ると、ぴょこぴょことふたつの頂がある山は鶏頭山という別の山だった。ここから早池峰山は見えないようだ。

ちなみに、早池峰山は遠くからは見えるが近づいていくと見えなくなる不思議な山といわれるように、遠野盆地側から見た場合も手前に標高1645mの薬師岳が居座っている。沿岸や内陸など離れた地域で信仰が強いのを奇妙に思っていたが、その辺と関係があるのだろうと思う。
道の駅はやちねの向かいの駐車場

2013.4  遠野側
ずっと奥の白い山が早池峰山だが薬師岳に隠されて白い部分がへの字に見える

最後の集落を抜けると本格的な山道に入り道幅は狭くなるが、路面はまずまず綺麗で対向車さえ気を付ければ快適に走れる。
早池峰山のワイルドな山肌を左に、滝になっているいくつかの沢を右に見ながら曲がりくねった道を進んでいく。
河原の坊の山小屋を過ぎるといきなり遠野市のマークの河童が表れる。
どういうわけか遠野の早池峰神社(元持福院妙泉寺)から早池峰山山頂まで細長く遠野市の土地になっている。
なので、小田越登山口を過ぎると今度はすぐ宮古市(旧川井村)になる。

岳という集落を最後に山道に入る

清廉の滝

河原の坊駐車場
名立たるSUVとハイエースに囲まれてアウェーなmito

小田越登山口手前で花巻市から遠野市に

山頂に一番近い小田越登山口には駐車場がなく駐車禁止なのだが、山の管理人さんに数分停める許可をいただく。聞けば管理人さん、若い時はツインスパークでブイブイ言わしていたらしい。エコじゃない山男だ。
ここからは早池峰山の南面と薬師岳の北面が見える。
1合目から早くも高山植物帯になるというだけあって、県道沿いでも十分登山した気分に浸れてしまう。
山頂まで2時間半ほどで登れるとのことだが、見るからにごつごつとした山肌は初心者には少し厳しそう。でもいつか山頂までは行かずに高山植物帯まで行って戻ってくるだけの登山ならやりたい。
薬師岳は山頂がすぐ近くに見えるのだが、聞けば薬師岳は北面で雪も多いし勾配が急なので上級者向きとのことだった。こちらも30分も歩けば高山植物がみられるという。

北を向くと早池峰山

南を向くと薬師岳

このまま宮古側に抜ければ国内で最後に電気が通ったという江繋か途中の分岐で遠野の荒川牧野に行くことになるが、今回は来た道を戻る。岳という集落で「お山カフェ アスチルベ」へ、パスタなどがおいしいらしいのだが、テイクアウトで帰りたかったので我ながらひどいチョイスだとは思うが太巻きとケーキを。

岳のカフェ アスチルベ

偶然にも開業したばかりとのこと

魔女とな

品薄だったためケーキと太巻きの組み合わせテイクアウト

早池峰ダム東から帰る

2019年1月5日土曜日

馬の凍結精液

競馬先進国となった日本だが、馬術については欧米に追い付いていない。
2018年のアジア大会・世界選手権パラにおける馬場・障害・総合での日本勢の活躍は、東京オリンピック・パラリンピックにむけて期待が膨らむものだった。しかし、まだまだ馬術が日本に浸透しているとは言えない。
何より競技馬の生産が足りない。

生産頭数も足りなければ生産技術も足りないのだが、今後変わっていくはずだ。
平成29年にフランスからの凍結精液の輸入が解禁された。牛の品種改良を見ればわかるように凍結精液による人工授精(と受精卵移植)が改良の効率化に与える影響は大きい。
現在は日本でごくごく一部(2か所?)でしか作られていない凍結精液だが、今後普及していくだろうと思う。
人工授精の精液注入方法については前回の投稿を参照。


馬精液のストロー凍結方法は日本家畜人工授精師協会の本によると

グルコース、ラクトース、ラフィノース、クエン酸Na、第2リン酸Na、酒石酸カリNaの水溶液に
卵黄を添加した液の上澄みにペニシリンGカリウムとストレプトマイシンを添加した希釈液(HF-20-A液)を精液に加えた後、1500rpmで遠沈させ上澄みを除去。
沈殿精子に再び希釈液を加え5℃に冷却したら、HF-20-A液にグリセリン10%を添加した液(HF-20-B液)等量を点滴などで徐々に添加しストロー(牛用)に封入する。
ストローは液体窒素液面上3~5cmの位置において凍結させる。

等々書かれているが、今後改良されていくと思うので詳細は割愛。

凍結精液ストローの融解法も同じ本に

「35~40℃の水にストローを投入して速やかに融解する。1授精当たり6~10ストロー分の精液を融解し、これに30℃に温めたHF-20-A液を加えて20ml前後にして授精に供する。」

と載っているが、おそらく今後は牛用のモ5号やYTガンもしくはIMVやminitubeで扱っているような深部注入カテーテルに融解したストローをそのまま入れる方式にかわっていくと思う。ちなみに融解後の希釈液は岩手県ではスーパーマーケットの牛乳コーナーに普通に売られている小岩井の無脂肪牛乳でも全然大丈夫。他県では手に入れにくいらしいが。

凍結精液の受胎率向上には、凍結手技や授精手技の向上に加え、そもそも個体差が大きいとされる精液の耐凍能による種雄馬の選別が必要と考えられ、そう簡単に普及させられる代物ではないのだが、馬関係者の一層の奮起によって競技馬生産を欧米並みに引き上げるチャンスを今掴むべきだろう。

参考文献
馬人工授精マニュアル 日本家畜人工授精師協会
Allen WR, Antczak DF : Reproduction and modern breeding technologies in the mare, The Genetics of the Horse, Bowling AT , Ruvinsky A,307-342, CABI, Cambridge(2000)