我々が普段「血豆」とか「たんこぶ」とか呼んでいるものを皮下血腫という。
打撲による皮下の出血だ。
馬でも珍しいことではなく、蹴られたりぶつけたりすることで臀部や胸前に波動感のある膨らみができる。馬の場合は意外と自然治癒しないので、3日ほどおいて切開して中の水(血清)を出すことが多い[1]。小さいものなら切開後は放置でも治る。
今回もそうだと思ったが、胸のそれが切開後1週間たっても小さくならない、創がふさがらない。
馬具(ネックストレッチャー?)の当たるところだから早く治してもらわないと困るんだよね。という冷たい視線を浴びながら改めて切開部に指を入れて精査する。
化膿したわけではなさそうだが、感触が明らかに皮下織や筋肉ではない。指をねじ込んでも破れない線維化した袋だとわかる。
こんな症例ははじめてなのだが、不思議な既視感がある。はて。
ちょっと考えさせてと思ったが、厩務員はいいや、限界だ押すねという顔。
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偶然か、運命なのか。ちょうど数日前に見たブログの記事だ。シェパードのコラム「膝瘤ってなんですの~?」[2]と同じだ。
保存療法で静かに暮らしたいのだが摘出しかないと判断。
袋の周囲をど根性で鈍性剥離すること小一時間
鎮静と局所浸潤麻酔だけで我慢してくれる馬で本当によかった
袋を摘出。
やはり牛の膝瘤[2]に似ているが。
牛の膝瘤は「慢性皮下粘液嚢腫」とか「滑液嚢腫」とか呼ばれている。関節や筋の近くにあり、その動きを滑らかにする働きをもつ滑液嚢(滑液包)の非感染性慢性炎症と考えられる。血腫ではなく、腱鞘炎の仲間と言える。
だが胸に滑液嚢があるだろうか。鎖骨のあったあたりに近いと言えなくもないし、外反母趾の突出部などの病的な状態の挫創部位に新たに形成されることもあるようなので、滑液嚢がある可能性は否定できないが、馬でそんな話は聞いたことがない。
前述の通り、馬具で繰り返し擦れる場所だと言うことなのでやはり血腫かとも思う。調べると、血腫が線維芽細胞で被嚢化されることがヒトであるらしい。Chronic expanding hematoma (CEH) とよばれ、顔面[3]やcalf[4]で報告されている。calfなんて言うから獣医領域にも浸透しているのかと思いきやふくろはぎのことをcalfと言うらしい。肉芽の袋と肉芽からの持続的な出血によりジョジョに拡大するのが特徴の血腫ということだ。
摘出した袋を組織標本にして滑膜由来のものかどうか調べれば診断がつきそうに思うが病理検査には出していないのでわからないままだ。
この後は、一部皮膚を縫うだけですぐに治ったので摘出が正解ではあるようだ。
参考文献