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2017年12月27日水曜日

捻転去勢

ついに雑誌「家畜診療」において「牛の捻転式去勢」が日本語の活字となった(2017年12月号)。

牛の両側同時捻転
右上のまっくろくろすけみたいなのは横断された陰嚢のさきっちょ

詳細は伏見先生(シェパード→Guardian)が述べられているとおり。
実際の手技に関しても伏見先生の動画や豆作先生(十勝NOSAI)のblogで見ることができる(家畜診療誌の一部も)。
こちらでもたくさんやっているわけではないが、豆作式捻転棒を使ってやらせてもらっている。

この手技は馬のHenderson castration instrument(ヘンダーソン式捻転去勢法)がもとになっている。解放去勢法(結紮式)に比べて過度の出血や炎症反応などの合併症が少ないと報告されている[1-3]。

なので馬でもやっている。馬の場合は全身麻酔下で陰嚢縫線を縦に小切開し、そこから結合織を鈍性剥離して片側ずつ行う。重種馬(輓馬)はできないことはないが、結合が強く捻転棒が曲がってしまうので注意。

仰臥位でのサラブレッドの手動捻転去勢(野外では横臥位で行う)

精巣挙筋もちぎれて痛そう。局麻もしたほうが良いかと。

さて、問題は陰嚢の解剖学だ。去勢を行っている人のうち、はたしてどれくらいの人が陰嚢を正確に理解しているのだろうか。

家畜診療誌の図の原図([4]より)
※外精筋膜(外腹斜筋の続き)と精巣挙筋膜(内腹斜筋の続き)の位置がやや怪しい

この図を見てわかった気になってはいけない。この図はあくまでも一方向からしか見ていない模式図でしかない。
もっといろいろな模式図を見てみると・・・

カラーアトラス獣医解剖学より

manual of equine field surgeryより


まず牛の"陰嚢の横一文字切開"は皮膚・肉様膜に加えて外精筋膜や陰嚢間膜・陰嚢中隔も一緒に切断していることがわかる。牛の場合腹壁の筋間に当たる部分(精巣挙筋膜?)の結合が疎になっていて、切開時に総鞘膜の外にあたかも空間があるかのように感じられるようだ。一方、牛でも馬でも陰嚢縫線から鈍性剥離していく方法では外精筋膜のあたりを剥離しているようで、その疎な部分まで開けていない様に思う。
解放結紮式では総鞘膜のうちの壁側鞘膜を切開している(臓側鞘膜も切ってしまう時もあるが)。人と違い家畜では鞘状腔は終生を通じ鞘状管で直接腹腔と連絡する[4]ためこの方法では開腹しているといっても過言ではなく感染による腹膜炎のリスクが高いことがわかる。

次に、捻転している部分は精巣にくっついてきている部分なので、前者なら腹膜の続きの総鞘膜とそれに合体している横筋筋膜(腹横筋の続き)の続きの内精筋膜、後者なら内腹斜筋に続く精巣挙筋膜も、もしかしたら外腹斜筋に続く外精筋膜も捻転しているかもしれない。
その場合、内腹斜筋は深鼠径輪の一部であり外腹斜筋は浅鼠径輪の一部であるから、ねじ切れ方が少し変わってくるようにも思うが、いまのところどちらも問題は起きていない。

おわかりいただけただろうか・・・、阿保ほど複雑なことが。
なので、頭がこんがらがったら発生段階から追っていった方がわかりやすい。

[4]より精巣下降の様子
これだと鼠径輪がわかりにくいが、前述のように鼠径輪は外腹斜筋や内腹斜筋およびそれにつづく筋膜からできているのをここまで読んできたあなたはイメージできるはずだ

そして、百聞は一見にしかずならぬ百模式図は一見にしかず。youtubeで腹腔内潜在精巣の去勢手術が見られる。
クッキー動物病院のblogより

画面左下に伸びているのが血管、右下に伸びているのが精管、右上に伸びているのが精巣導帯のように見える。また、膜で腹膜とつながっているのも見える。腹腔内精巣と言っても腹腔の中にむき出しでいて自由に動き回っているわけではない。イメージが固まれば潜在精巣の探索にも役立つ。

養老孟司は「バカの壁」の中で『知るということは根本的にはガンの告知だ』『君たちだってガンになることがある。ガンになって、治療法がなくて、あと半年の命だよと言われることがある。そうしたら、あそこで咲いている桜が違って見えるだろう』と話している。
次に去勢をするときに今までとは違う景色が見えたらなら、あなたは陰嚢を知ったということだ。

参考文献
4. 蔵書3

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