過去の投稿は
→①馬の性周期におけるホルモン支配
→②馬の交配適期・授精適期とその予測
→③馬の採精と精液処理
→④馬の精液注入(人工授精 artificial insemination)
→⑤馬の凍結精液
2017年フランスからの馬凍結精液の輸入解禁、そして2018年日本で25年(?)ぶりとなる馬受精卵移植の成功、と日本の馬生産は今ターニングポイントに差し掛かっている。
日本は馬精液の凍結法の確立や、受精卵移植による馬の生産を世界で初めて成功させた。しかしその後、モータリゼーション到来に伴い農用馬が減少。自然交配しか認められていないサラブレッドの生産に偏っていった結果、馬の生殖補助医療技術は失われてしまった。
排卵同期化法も同様で、近年の日本での臨床報告は軽種馬のhCGによる排卵コントロール(宮越ら 2014)、重種馬におけるブセレリンの排卵効果(三木ら 2017)、重種馬のPGF2αによる性周期同期化(三宅ら 1976)、重種馬のE2,CIDR,PG,によるプログラム交配(安田ら 2008)程度しか見当たらない。
海外では1981年にLoyらが同期化法のベースを確立させて以降、凍結精液の定時人工授精法や移植レシピエントの排卵同期化処置として様々に発展し、普及している。
国内でも報告は見つけられなかったが、海外に倣ってプロジェステロンの経口薬(日本で動物用薬は市販されていない)を使った発情誘起・発情同期化がけっこう行われているようだ。しかし、どこまでの精度で排卵同期化できるのかはわからない。
そこで必要なのが2019年家畜診療掲載の家畜診療等技術・東北地区発表会抄録「CIDR,PGF2aおよびhCGを併用した馬の排卵同期化(庄野ら 2018)」のような臨床報告となる。
CIDR(シダー1900)を9 or 10日間膣内留置し、抜去時にPGF2a(プロナルゴン1ml)を筋注。その4日後にhCG(ゴナトロピン3000IU)を静注するという方法で、定時排卵率が77.8%という成績を得ている。
この場合の定時排卵率というのは、hCG投与時から96時間以内に黄体が確認された割合ということで、排卵48時間前から排卵24時間後とされる授精適期や、レシピエントの排卵日はドナーの排卵日の前日から2日後まで許容されるという受精卵移植の排卵同期化を意識したモノになっている。
やや精度が低い感は否めないが、さらにE2を併用するなどして今後改良されていけばと思う。
馬にCIDRを入れるときは青い紐を外した方が膣炎防止になりそう
紐がなくても膣鏡があれば抜ける
さらにこの方法は無発情馬や繁殖移行期にも使えそうだ。
海外も含めたこれまでの報告によると、鈍性発情や黄体遺残であればPGだけでも治療効果が期待できるし、CIDRもしくはCIDR+E2を使うことで卵巣静止でも発情誘起が期待できる。
この方法であれば牛で一般的に使用されている薬品しか使用しないので、馬獣医がいない地域の馬にも処置することができるし、さらに改良されればもう直検やエコー検査を行わずにプログラム交配ができるようになるかもしれない。
ちなみに牛の獣医からはよく「馬のPG(ジノプロスト)はなんで牛の5分の1の量でいいの?」とよく聞かれるが、実はこれ簡単な話ではない。
まずPGは普通、"全身循環するホルモン"とは異なり、子宮で産生されたものが卵巣静脈から卵巣動脈に直接移行する「対交流機構」によって卵巣に到達する。しかし、ウマとウサギは卵巣静脈と卵巣動脈が物理的に分離しておりこの機構が存在しない[1]。
その一方でウマはPG自体がPGの産生を増幅させるという自己分泌増幅機構を持つことが2016年に解明された[2]。
これによって子宮で産生されたPGが直接卵巣に届かなくても黄体退行が起こるし、注射量が少なくても黄体退行が起こる。PGを打つと馬が全身から発汗し疝痛のような様子を示すのもおそらくここからきていると思われる。